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2010/10/30(土)

【#80】親しさと平等と

 今年の秋は長いですねぇ。皆さんは今、どんな秋を過ごしてますか?スポーツの秋・食欲の秋…秋にもいろいろありますが、僕は「考える秋」にしたいと思ってます(笑)。
 さて、今回のテーマは…ちょっとデリケートな内容です。読む方によっては、もしかしたら誤解を生む可能性もあるかもしれないんで、書こうかどうしようかシーズン中からずっと迷ってたんですが…でも勇気を出して書いてみますね。

 僕達はいつもいろんなお客さんとふれ合っている訳ですが、おそらくどの球団のマスコットにも、そしてテーマパークなどのキャラクター達にも共通して見られる、あるひとつの現象があると思います。それが、いわゆる「常連さん」と呼ばれるファンの存在。ある程度マスコットに会った経験のある方でしたら、こういった人達の存在を何となく感じた事はあるかと思います。
 この「常連さん」と呼ばれる方達、僕にとっては、基本的には楽しくて、会うとホッとする存在です。試合の時のグリーティングはもちろん、それ以外のイベントの時なんかにも、情報を調べてわざわざいろんな場所に駆け付けてくれる。それだけ僕に愛情を持ってくれてるのを充分に感じますし、すごく有難く思います。最近は特にそういう方々が増えて、僕の周りには人の輪が絶えないようになりました。それは、すごく嬉しいし楽しいことなんです。だけど――そこでまた悩みが生じる訳なんですね(^^;)。
 僕がファンの方々とふれ合う時、出来るだけ機械的な対応はしたくない、と思いながらやってるのは、これまでにもコラムで触れました。だから、相手によって色々とリアクションを変えてみたりする事も、よくあります。初対面の人には出来るだけ紳士的に、ちっちゃい子には優しく可愛く、「マスコット慣れ」出来ずに緊張している人にはさりげなく――といった具合に。
 もちろん「常連さん」相手の場合も同じで、むしろ、一層それを強く意識して接しているかもしれません。いつも会いに来てくれる人だからより親しみを感じるし、相手にも親しみを感じてもらいたい。そんな訳で、写真のポーズに何かしら大きく変化を付けてみたり、お客さんを「イジって」みたりする事もあります。相手にもよるけど、ちょっとふざけてみたり、時には勢い余って手荒い感じになっちゃったりする事もありますが…(^^;)。とまぁ、ここまでは自然な流れ、と言うか、特に悩むべきところではありません。

 ところで、さっきから僕が使っている「常連さん」という言葉、抵抗を感じる方もいるんじゃないかと思います。B・Bは「常連さん」ばかり特別視しているのか?と――いえ、決してそんな事はありません。結論から言うと、僕にとって全てのお客さんは「平等」です。常連さんも初めて球場に来た人も、貴賓席の人も立見席の人も、男性も女性も、若い方も年配の方も、僕にとってその中に優劣は一切ありません。全ての人が同じく、大切なお客様なんです。そもそも「常連さん」という呼び方自体、正直あんまり好きじゃないんですよね。その逆で「一見(いちげん)さん」なんて言葉もありますけど、何だかお客さんを格付けしてるようで…。今回は便宜上使わせてもらってますけど、本来は僕もあまり使うべきではないと思うんで、このコラム内でだけちょっと我慢してくださいね。
 さて、全てのお客さんは平等――といいながら、さっき僕は、常連さんに対してはより「親しく」接してるって書きましたよね?そこんところに矛盾を感じる方、いらっしゃるかもしれません。そう、そこが悩みの種なんです…。
 いわゆる「常連さん」に親しげに接する――これは、僕は間違いだとは思っていません。いつも会いに来てくれる人にいつまでも機械的な対応しか出来なかったら、逆にそこで僕らの間に「壁」が出来てしまいますから。ただ、その「親しみ」が行き過ぎて「馴れ合い」になってしまうのが怖いんです。
 野球の試合には、何万人という観客が球場に来ています。その中には、野球観戦自体が初めての人もたくさんいる訳ですよね。僕らマスコットにとって、そんなお客さんとも出来るだけ多くふれ合って、ファン層を拡大していくというのも大切な役目です。
 だけど、僕らがファンとふれ合えるのは非常に限られた時間。ある特定の人ばかりいつまでも相手していたら、その分他の人とふれ合う時間は減りますし、後ろの人を待たせる事になってしまいます。「どうしてあの人達ばっかり?」という周囲からの視線も、正直気になりますし…。決して本意ではないけれど、僕らは時として「広く・浅く」というスタンスでグリーティングせざるを得ない場合も出てくるんです。だから、いつも自分の周りを常連さんばかりが取り囲んでいて、他のお客さんが近付きづらい雰囲気にしてはいけないと思うんですよね。相手に対する「接し方」まで平等にする必要はないけれど、少なくとも「接する機会」だけは全てのお客さんに対して平等でありたい――そう考えています。

 マスコットとファンの「理想的な関係」って何だろう…?って、考える事がよくあります。友達、のようでありたいけど、友達とはちょっと違う――と、僕は思っています。僕が思うに、友達っていうのは、いつでも近くにいて、どんな話でも気兼ねなく出来る関係だと思うんです。僕は最近よく「もっとファンと会話したい」って言ってます。もちろんそれは本心だけど、残念ながら現実的にはいろんな制約がある。もし全員とじっくり会話していたら、いくら時間があっても足りなくなってしまいますよね。より多く会う人には、より親しみを感じてもらいたい。でも、限られた時間を出来るだけ多くの人と公平に分かち合いたい――そのせめぎ合いの狭間で、僕はいつもグリーティングをしています。
 なんだか「常連さん」をすっかり悪者扱いしちゃってるみたいで申し訳ないんですけど、決してそうじゃないんですよ。実際そういった方々の中には、すごく気が利いて周りが見えてる方もたくさんいますし、むしろそういう方のほうが多いかもしれません。心配なのは、これ読んで「B・Bに会いに行くのを、少し遠慮した方がいいのかなぁ…?」みたいな感じで、せっかく親しくなった方々との間に余計な「壁」が出来ちゃうんじゃないかって事なんですが――コラムでこういう事書くと、気を遣う必要のない人ほど気を遣いすぎちゃったりするんで…(^^;)――そんな事考える必要は全然ありません!ただ、ひとつだけいつも心に留めておいてほしいのは、「親しさ」と「馴れ合い」との違い。もし皆さんの中に「自分は常連なんだから、他のお客さんとは違うんだ」といった「特権意識」のようなものを持っている方がいるとしたら、それは考え直した方がいいかもしれません。マスコットは「あなたのもの」であると同時に「みんなのもの」。これは僕自身に対しても同じ事が言えるんですけど、どんな時でも自分の事ばかりでなく、周りの人の気持ちも考える心の余裕を持ってほしい――そう願っています。